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広島高等裁判所松江支部 昭和25年(う)45号 判決

被告人

木島光德

主文

本件各控訴はこれを棄却する。

理由

検察官赤松新次郞の控訴趣意第二点について。

(イ)  次に追放令がポツダム宣言受諾による降伏条件履行の一環として制定された法規であつて、我国の民主化達成の第一条件をなしており忠実にこれが実行を要求されていること、覚書該当者の政治上の活動その他の違反行為はそれが政治上又は政治に関係ある行為であることの性質上通常公共の利益又は福祉を目的としており、その行為者の私利私慾を目的としないものであることは所論のとおりであつて、従つて、追放令違反事件の処理にあたり、被告人の犯行動機が私利私慾を目的とせず全体の利益のためであつたというような点を殊更重視して刑の量定をすることは妥当を欠くけれども、この種事件の被告人中には公共の利益福祉に藉口して自己の私利私慾を目的として政治活動その他の違反行為をなす事例も往々見受けられるところであるのみならず、違反に対する制裁として刑法総則の定める刑を科している以上、犯行目的の公私とか動機の善悪が刑の量定にあたり常に被告人の利益に斟酌すべき情状にならないと一概に断定すべき理由はないのである。そして原判決の認定した犯罪事実を検討し、更に訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、被告人の本件犯行の動機、罪質、犯罪後の情状その他諸般の事情を勘案するに、原審が被告人に対し禁錮六月但し二年間執行猶予の裁判を言渡したことは相当であつて、不当に刑が軽いとはいえない。論旨は理由がない。

(ロ)  弁護人森安敏暢の控訴趣意第一点について

原判決がその事実理由において論旨摘録の如き事実を認定したことは所論のとおりである。そしてこの点に関する所論各証人の証言を原審公判調書について検討するに右、各証人の証言内容は必ずしも一致せず相互に多少相異なる部分があることも所論のとおりである。しかしある証拠と他の証拠とを綜合して一定の事実を認定する場合は、各証拠の内容を彼此検討して各証拠についてその内容の一部を取り他を捨て、その取つた部分を集めて一定の事実を構成認定するものであるから、ある証拠の内容がその捨てられた部分において認定事実と相異つていても毫も右綜合認定を害するものではない。従つて綜合認定の資料に引用された各証拠のあいだに多少相異なる部分があつてもこれらの証拠を綜合して特定の犯罪事実を認定することは毫も採証の法則に違反するものではない。また綜合認定の資料に供された各証拠と認定事実を対照して記録上各証拠の内容のいずれの部分を以て犯罪事実認定の資料となしたかを推知するに足る以上証拠説明として充分であつて各証拠の内容中取捨された部分を一つ一つ具体的に明示する必要はない(論旨は理由がない。)

同第一点の(一)及び(二)について

(ハ)  被告人は本件分村問題を一つの文化問題であると観念していたのであるから、被告人は本件について政治上の活動をする目的と意図がなく、全然その犯意を欠いておる。仮にそうでないとするも、被告人は行為の当時その行為が政治上の活動にあたらないと誤信し、その誤信したことについてとがむべき過失がなかつたものであるから、犯意を阻却するというのであるけれども、原判決の認定した事実によれば、被告人は覚書該当者であるにかかわらず、原判示懇談会の席上同会議に出席していた原判示大国村長等公職に在る者に対し原判示のような発言をして寺ケ内部落の分村問題という大国村政に関する重要な政治問題に関し同部落民の政治上の主張を支持しこれに反対する大国村長、村議会議長、村議会議員等公職に在る者の政治上の主義方策に反対したものであるから、被告人の行為が客観的に見て追放令第十五条に所謂政治上の活動に該当するものであることは多言を要せずして明らかである。そして追放令第十五条によつて禁止される覚書該当者の政治上の活動であるためには、特に政治目的乃至政治意図は要件として要求されていないのであるから、本件について被告人に政治上の活動をする目的とその意図がなかつたからとて、その犯意がなかつたということはできない。

(ニ)  (前略)被告人が本件分村問題を一つの文化問題であると観念して本件所為を文化活動なりとし、政治活動にあたらないと信じていたとすれば、それは刑法第三十八条第三項に所謂法の不知に該当し、しかもその不知は被告人の過失に基くものと断ぜざるを得ない。蓋し本件分村問題について被告人のした原判示のような行為が大国村政に関する政治上の活動に該当することは、特別の智識経験を要しないで、通常人の常識観念によつて容易に判断し得るところであるのみならず、被告人は原判決の認定するが如く、昭和十八年十一月初頃から昭和二十一年十二月初頃までのあいだ大国村の前村長の地位にあつたもので、寺ケ内部落の大国村よりの分離が大国村政に多かれ少かれ影響を及ぼすものであることは充分知つていたと認むべきであるからである。されば所論の如く本件について被告人に犯意がなかつたとなすことを得ないから、この点に関する論旨もまたその理由がない。

(検察官赤松新次郞の控訴趣意第二点)

原審判決が検事の科刑意見懲役八月に対し、禁錮六月に処し二年間刑の執行猶予を与えたことは、軽きに失し、量刑不当の違法がある。(中略)

原判決が被告人の情状を酌量した主要な点は、本件違反行為は、被告人の私慾を目的としたものでなく、部落民全体の共同の利益の為になされた処にあると考えられる。然しながら公職追放者の政治活動其の他の違反行為は、それが政治上又は政治に関係ある行動であることの性質上、公共の利益又は福祉を目的として居り、其の行為者の私利私慾を目的としないのが常である。従つて本令違反の事案にあつては、目的の公私とか動機の善悪は情状酌量の原因とはならない。若し然らずとするならば本令違反は常に情状酌量の事案となり夫れでは、立法の趣旨に反する結果となる。(後略)

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